管理メニュー

「通訳残留　１０-②」の編集履歴（バックアップ）一覧はこちら

「通訳残留　１０-②」(2008/11/11 (火) 16:13:05) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　◇</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい、何でしょう？」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">――――――――――ああ・・・やってしまった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">こちらを向いた通訳の心と表情に、読心クールは一瞬前の自らの行動を思いっきり後悔した。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">通訳、サトリ、読心クールは読心仲間である。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">三人は『人の心が読める』という共通点から交友関係が発展した仲で、ここに、心は読めないが気の合う友人数人を加えた一つの仲良しグループを形成していた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そんな仲良しグループで、中華街へ行こうか行くまいかといった話が、二日前、バレンタインのチョコ造り目的で集まった際に持ちあがった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">その時点ではまだ、『計画』というよりむしろ、行くならどうしたい？等といった『願望』に近い状態であった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">だが、話はこの二日間で急激に具体性を帯びていった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">読心クールも詳しい話はつい先ほど、サトリから告げられたばかりである。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">なんでも春休みに旅行を計画していた別のグループと合同で、中華街巡りを含む神奈川旅行を行おうという運びになったらしい。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">いつになく高い行動力を示す友人に内心舌を巻きながらも、その旨を通訳に伝える事を彼女は約束した。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">クラスが同じサトリの方が伝えるのには適任であったが、たまたま本人は席を外していたのと、計画の発案者としてこれから忙しくなる関係で読心クールが伝令役を買って出たのである。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そんなこんなでブラブラと散歩がてら――と洒落込むには、暖房の効いていない教室の外はいささか過酷な環境であった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">『まあ、散歩がてら探してくるよｗ』なんて安請け合いをした過去の自分に、若干苛立ちを覚えながらも通訳を探して校舎を歩きまわること数分。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">２階図書室のガラス張りの扉の向こう側。その内部にやっと見つけた友人の後ろ姿。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">自分と同じくらいの長髪に、実はかなりのプロポーションを、着やせする性質が隠蔽している友人の後ろ姿。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">思っていたよりも早めに発見できた喜びは、あまりの寒さ故に逆に高揚しはじめていた彼女の心を、さらにハジける方向へ持っていった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">読心クールは、友人に対するスキンシップを、『背後からいきなり首を（軽く）絞めてみる』という悪戯の形で敢行することにした。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">彼女達の教室があるのと同じＡ棟。その、正門側のはじ部屋に存在する図書室。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">元気な司書さんがいて、現代建築風の明るく垢ぬけたデザインのその部屋に、忍び込むようにして侵入する。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">入口近くの席に、こちらへ背を向ける形で座る友人へと忍び寄っていった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">『やあ、通訳ｗｗ』</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">笑いを堪えているため奇妙な抑揚となってしまった挨拶と同時に、両手で包むようにして通訳の首に触れる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">いかに心が読めるとはいえ、背後からゲリラ的にやられたのでは敵わない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">読心クールのもくろみ通り、通訳は目を白黒させていた。悪戯が成功しても表情には決して出さなかったが、欣喜雀躍とする読心クール。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">が、こちらを振り向いた通訳の精神状態は、浮ついた彼女の心を瞬時に萎ませてしまった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「あの・・・そんなに気に病まれなくても・・・・・・これはこれでしょうがないと私も思いますよ？」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「いや、、、その、出来ればそっとしておいてくれると嬉しい。今は何も言わないでくれると・・・なんだか自分が猛烈に恥ずかしくて、ね。」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">両手で顔を覆いながら、読心クールはそう答えた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">現在彼女は、曲線だけで構成された、滑らかな手触りの机に両肘をついて席についている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">その友人はというと、ひざの上に両手を乗せる形で行儀よく椅子につき、机の向かい側で友人が立ち直るのを律儀にも待ってくれている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">それから一分弱。読心クールは顔をあげた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「なにか・・・あったみたいだね・・・・・・」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「・・・・・・・・・・ええ。」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「そうか・・・・・あまり、知られたくない、か・・・今の君の心はあまり読めないな。」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「すみません。」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">これはちょっと面倒だな・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そんな言葉が脳裏をよぎる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">通訳は、何か人には言いたくない様な、それでいて暗く沈んだ感情を生み出すような事情を抱えている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">まさかいきなりそんな重い話に直面するなんて考えてもいなかったし、昼休みの開放感も相まって、ついさっきまではかなり軽やかな気分だった読心クールには、いささか難しい案件だった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">かといってこの状況をほっぽり出すのも友人としていかがなものか？薄情になるのではないか？と言った思考も存在する。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">まさに板挟みといった状態であった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">しかもそんな感情も、心の読める通訳には悟られてしまっている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">結局、読心クールは・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「ま、つまりはそういうことだ。私も薄情者になるのはごめんだからねｗ</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">話すだけ話したらどうだい？以外とすっきりする・・・かもよ？」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">『すっきりする』と言った後で慌てて『かもよ？』と続ける。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">断言しておいて、後で通訳の気がちっとも晴れなかったら問題だろうし、なにより彼女自身、話せばスッキリするかどうかなんて本当のところはわからなかった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ともかく何かを言わないといけない、という思考のどん詰まりが言葉になっただけだったのだから。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「・・・・・・・・・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">・・・・・・・・・・（私・・・もう・・・・・・通訳を出来ないかも知れません）」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">数秒の沈黙。その後、通訳は心の中で語り出した。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">とつとつとした心の声に、読心クールは耳を傾ける。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・・・・・さっき、素直クールさんと素直ヒートさんが話をしてる所に出くわしました・・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（ああ―――その、なんだ？彼女達の事だ。また水と油みたいになってたんだろうねｗｗｗ）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・・・・・・・・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・・・・・・・水と油と言うか、北風と太陽と言うか、、、、あ、いや、なんでもない・・・続けてくれ・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">読心クールは通訳に合わせて、自らも心の声に切り替える。図書室と言う場所の都合上、こちらの方が良かった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">場を和ませようと彼女は軽口を叩きながら受け答えをしようとしたが、その目論見はすぐに挫折してしまう。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">今の通訳は、それが逆効果になってしまう程に沈んでいたのだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（ヒートさん・・・気づいていたんです・・・・・男さんが傷ついてるのを・・・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（傷ついてる？）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・・はい・・・・その―――同僚君と・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（ああ、なるほど。十年来の友人と決別した。か。）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（はい。男さん、表面上は全然おかしくないんです。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　周りの皆も・・・誰も何かが起こったかなんて気付いてない・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（ふむふむ）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（でも、ヒートさんだけは直感的にですけれど、気づいていました。だから、どうにかして男さんを元気づけようとしていたんだと思います・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（それで普段は相談しない様なロリコンさんにまで相談して・・・それで、ロリコンさんは校長先生に元気づけてもらおうって提案したみたいです。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　ロリコンさん。男さんが元気になったら、校長先生と一緒にっていう考えもあったらしくて・・・それで・・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（ヒートさん・・・真剣でした・・・・いつもいつも男さんにアタックしてますけど、それじゃあ・・・そんないつもと同じやり方じゃ、男さんを直せないって理解してました・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　どうしたら良いか解らなくても、とにかく何かしなくちゃいけないと思っていて・・・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　必死になってロリコンさんの提案を実行しようと、素直クールさんに校長室までの手引をお願いしてました・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（私・・・こんなこと初めてでっ・・・自分が強い想いを抱いて初めてっ・・・・・・皆、必死なんだって・・・初めて知ったんです）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（？）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（今までは、なんとなく、皆さんの通訳をしてきました。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　いろいろな事情があって、伝えたくても伝えられない想いを心に感じる度に、通訳をしてきました。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　伝えたがってるんだから、伝えた方が良い。単純に、そう考えていたんです。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　けど、生まれて初めて私自身、強い想いを持って分かったんです・・・・・・さっき、ヒートさんの心を読んだときに気付いてしまったんです。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　皆、私が通訳してきた人たちは・・・・・・・・・・・・・・本当に必死だった・・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　今、私が抱えているような想いで、血が凍えそうな感覚にさらされながら、心を伝えようとしてきた・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　それを、横から勝手に通訳してきた私は、その人の想いを踏みにじっていたんじゃないかって・・・・・・そう・・・思うんです・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・・・その・・・いや・・・まあ、）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（もしもそうなら、もう、誰かの心なんて伝えない方が良いんじゃないのでしょうか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">その人の真摯さも真剣さも踏みにじるくらいなら・・・私がその想いを仲介するなんて事は、やめるべきなんでしょうか？）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（・・・・・・・・・・・・・・・・・）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（―――――――――）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">『通訳』をやめるなら、これから私達は君の事をなんて呼べばいいんだい？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">通訳が、語ると決めた部分を語り終えた後にやって来た沈黙の中で、そんな言葉が読心クールの頭に浮かぶ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ダメだった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">気持ちの在り方に、違いがありすぎた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">結局は、荷が勝ちすぎた、という話である。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">今の読心クールには、通訳の人生に関わるような深い懊悩を、受け止め、解釈し、相応しい答えでもって返す程のキャパシティが存在しなかった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">あまりに重すぎる話題を振られてしまい、途中から彼女は友人の独白についていけなくなってしまったのだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">その結果、沈黙の中で、冴えた返答が浮かばず、代わりにアメリカンジョークの出来そこないのような思考が顔を出したのである。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">さらに悪い事には、お互いに心を隠すことが難しい、という特性の存在。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">以上の思考は全て、通訳にも知る所となっていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「すみません・・・急にこんなこと言われても、困るだけですよね・・・・」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「ん、んぐ・・・」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そんな言葉とともに、通訳は席を立つ。読心クールは気の利いた言葉が言えず、喉が詰まったような声を出した。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「それでは、もう授業も始まるので・・・また後で・・・」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そう言って通訳は机から離れる。が、その、刹那。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「通訳」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「は、はいっ。」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「その・・・・・・なんだ？何か困った事があったら遠慮せずに相談してくれ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　私達は・・・ほら、あれだ。その、『友達』というやつ―――だからな。」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">席を立った通訳が、読心クールの脇を通り過ぎる中での会話だった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">読心クールは、友人の方を振り向かずに、ただそれだけを言う。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">彼女にしてみれば、きっとそれが、唯一出来る助言のような物だったのだろう。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">あまりに思いつめた様子の友人から、ほんの僅かでも重荷を取り払えたら、という趣旨の。微かな手助け。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">やたらと首を突っ込むよりは、今はすこし距離を置いて様子を見るべきだとクールに決めた中での。万一の場合に備えた予防線。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">彼女の背後から小さな『はい』という声が返り、そこにコフコフという図書室を歩く足音が続く。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">足音は途中にガラス戸を開閉する音を挟んだ後、リノリウムとゴム底がすれ合うギュッギュッと言った物に変わった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そんな音も、この図書室の洗練された感のある機能美を備えられた扉が閉じると同時に、聞こえなくなる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">読心クールは一人、椅子に座って伸びをした。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">席に着いてから大して時間は経っていない筈なのに、妙に体が凝り固まっている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">足をピンっと伸ばすと、ボク、という音が関節から聞こえた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">――――ああ、そう言えば・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">不意に、彼女は思い出す。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">―――――まだお昼を食べてなかったか・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">もうあまり昼休みの時間は残っていないが、その短い中で食べるのか？それとも別の時間まで待つのか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">お弁当は今日は作ってきたっけか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">彼女の思考は、そんな種種雑多なお昼の悩みに席捲されていった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　◇</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　【１２：４０】</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">恒例となった着信履歴の削除を行う。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">メリーの奴、この間までガン無視してたから涙目になってやがった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">一瞬胸が痛んだが関係ない。こっちは受験で忙しかったんだ。他人の都合に合わせて人生を捨てる程馬鹿じゃない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　【１２：５５】</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">トイレに行って小便をすませる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">帰りぎわ、手を洗おうとしたら洗面所の鏡に俺の顔が映らない。代わりに見たこともない古ぼけた部屋と扉が写ってやがった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そのまま見続けていると、鏡の中の扉を開いて和服におかっぱの幼児が現れる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">鏡越しに俺の手をつかもうとしてくるので、逆にこっち側に引っ張りこんでやった。腹も立ったのでゲンコを一発くれてやる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">子供をイジメるな、だって？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ざけんな。近頃のガキはしつけがなってないんだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">見ろ。見ず知らずの人間を鏡の中に引きずり込もうとするなんて。普通やるか？やらないだろ？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">だからこうやって幼い内にはっきりと解らせてやるべきなんだ。大人になってからじゃ手遅れだっつーの。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">は？モンペ（注・モンスターペアレンツ。空を飛ばないものだけを指す）？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">怖くねえから。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　【１３：００】</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">授業開始まであと五分。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">トイレを後にし教室へ戻ろうとすると、廊下の向こうから見知らぬ女子生徒がやってくる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">明らかにこちらを目指しているようなので、教室へ向かう足を止める。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">女子は、何故か知らん。物凄い形相でこちらを見据えていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">―――怖えな。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">柄にもなくそんな考えが頭に浮かぶ。まあ、それくらい女の目つきは鋭かったって話だ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">それにしても上履きの色を見るに、どうも３年ではないようだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">はて。他学年の女子に知り合いはいなかったはずだが？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　　 ・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　　　　・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　　　　・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:35pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:35pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">鴉の濡れ羽色をした美しい黒髪よりも。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">背の高さと言い全体のバランスと言い、俺がモデルか芸能事務所のスカウトマンなら絶対に放っておかないであろう抜群のプロポーションよりも。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">何より印象的なのは女の全身から放たれる異様なまでの、『殺気』。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">四方八方睨み猫、直死歪曲魔眼に邪眼、或いは仁王か明王か。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">鋭い視線もさることながら、真一文字に結んだ唇、キッと寄せるは柳眉。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">端麗な顔立ちも艶美な肢体も畢竟女のオーラ発生装置に他ならない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そこらを漂う浮遊霊が、女の体から立ち昇るオーラのようなモノに触れた次の瞬間、チリ一つ残さず滅却された。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">いや、気のせいだ。浮遊霊だと？バカバカしい。あれはプラズマだ。プラズマが女の体に触れた瞬間に消えたのだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">しかも気がつくとやけに静かだ。見ると廊下には俺と女を除いて人っ子一人いない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">まあ時間も時間だし皆自分のクラスに戻ったのだろう。殊勝なことだ。受験が終わってない奴もいるしな。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ただ、今さっき俺の背後で、ヘナヘナと崩れ落ちた強面の体育教師がどこへ行ったのかが疑問だ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">インフルエンザの時期だし気になっていたのだが・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">立ち去る元気があるのなら、一介の生徒が気にする程のことでも無かったのかもしれない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">俺と女を除いて誰もいなくなった廊下は、水を打ったように静かだった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ふと窓の外に目をやると、先程まで五月蝿くさえずっていたはずのハクセキレイが、いつの間にか消えていた。なるほど静かなわけだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そのせいか、もとから冷やりと冬らしく張りつめていた空気が、今は刺すような刺激を伴って感じられる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">あんまり他に感じる物もないんで寒暖の感覚だけが強調されちまったようだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">キリキリとした冷気は、顔や手の露出部はおろか服や髪さえも透過して、全身の地肌を冷却している。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">それは最早【寒さ】ではなく【痛さ】に近い。俺は、チリチリと全身が泡立つような感覚に覆われていた。　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">こんな体験はあれだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ガキの時分にスキー場で親とはぐれた時以来じゃなかろうか。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">あの時は見知らぬお姉さんについて行っのがまずかった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">自分で山を降りたから良い様なものの、顔半分がザクロのように割れたメイクをした上に、子供をスキー場の禁止区域に連れ込むとは尋常ではない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">これだからスキーなんていうバブルの権化みたいなスポーツは嫌いなんだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">別にスキーヤーを貶めるつもりはないが、スキー場のＤＱＮ率が高いのはそんな俺の実体験からも明らかだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">スキーというブランド目当てのファッション感覚でＤＱＮが集まり、競技としてスキーを汚してしまったのだろう。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">まともなスキーヤーの方々にはそれだけメジャーなスポーツになったのだ、とプラスに考えて諦めてもらうしかない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">まったく。バックパッカーの見つけた楽園と言いオタクが拓いた電気街と言い・・・・マスコミに目をつけられるとロクなことにならないな。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">おや？いつの間にかスキーの話になってしまった。いかんな。貴重な時間を無駄な思考に割いてしまった。やれやれ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">それというのも目の前も殺気女がぐだぐだとしてるからだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">何が目的だ？そんな目つきで見やがって。失礼だってわかんねーのか？女だからって図に乗ってんのか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">俺は何時までも要件を述べずにこちらを睨みつけるだけの女に、若干の苛立ちを覚え始める。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">しょうがないのでこちらから話を促してやろうかと考えていると、女が僅かに身をたじろがせた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">なんだ？何をする？やんのか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">――――ん？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ふと。ここで初めて気がつく。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">女は、バナナが描かれたスケッチブックを持っていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">陰影を強調した高いデッサン力に、黄系の色の見事な調和。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">この女が描いたのか、別の誰かが描いたのか知らんが、俺が美術部顧問なら絶対に放っておかないだろう出来だ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">どっかの画展に出したら、ひょっとするとひょっとするかも知れない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ともかく女は、バナナの絵を掲げてなにか云いたそうにしていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">上目づかいに殺気を帯びた視線を、チラチラとこちらに向けてくる。そのたびにチリチリとしたモノを肌に感じた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">時折口を開いて何か言おうとするのだが、すぐに口ごもってしまい、ゴニョゴニョという不明瞭な発音だけが俺の耳朶に届くばかりである。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">相手の行動の意図がはっきりしないこの状況に、心中で次第にイライラとしたものが募り始める。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">女は依然としてはっきりモノをいう気配を見せないが、こちらも寒い中で、いつまでも付き合える程暇ではない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そんな俺の心を知ってか知らずか、女は片手で神経質に、自身の髪をいじくりまわしている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ややあって見られている事に気が付いたのか、ハッとして長く艶やかな髪に絡ませていた指を離した。どうやら無意識のうちの行動だったようだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そう言えば・・・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　『髪の長い女は性欲を持て余している』という都市伝説が頭に浮かんだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ばかばかしい取るに足らない噂話だったが、『もじもじとする美少女』というファクター。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">さらには彼女が掲げるバナナの絵、というのは、なんとなく性的な印象を抱かせる。気もする。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">これはつまりその、あれ・・・なのだろうか？まさかとは思うが彼女は俺を逆ナンしているのだろうか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">それも、ＡとかＢとかすッ飛ばしちゃってベッドへ直行したいタイプなのか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そうは見えないが、とんでもない淫乱さんなのか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">見た感じどちらかと言うと、そっちとは正反対な気もするが、その正反対というのも実はメディアによって操作された俺のイドラが生み出した幻影に過ぎず本当はやっぱりああいうタイプがあれであれなあれなのか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">アホな妄想はやめよう。いい加減、エロ漫画の読みすぎかもしれん。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">エロ関係の創作物ってのはことごとく論理的展開を無視している。どうも知らないうちに思考を毒されていたようだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">いかんな。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">『早朝。さわやかな日差しの下、うら若い娘がパンをくわえて慌てて走る。曲がり角で少年とぶつかり、勢いあまって合体』</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">なんて話が平然と出てくるフィクションと現実をごっちゃにするとは。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">どう考えても正常ではない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">実際目の前の殺気女はそんな性に乱れたな人間には見えない・・・いや、だが待てっ。清純であるからこそエロ漫画的に言えばよりいっそう・・・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Σ（゜д゜　）ハッ</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">―――――――うおおおおっ、、、！畜生っ！！毒されているっっ！！！</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">良し。決めた。帰ったらＡＶ・エロ漫画・エロ小説は全て捨てよう。半端にストーリーがあるからいけないんだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">これからはグラビアを使用する事にする。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">殺気女が何時までも要件を話そうとしないので、俺の思考もあさっての方向へ飛んでしまいがちだった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">女からは依然として殺気が放たれている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">空気は今やビリビリと震え、遠くの教室の入り口付近には不用意にトイレに立ってしまった生徒が一人。殺気に当てられて倒れている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">このままでは風邪を引いてしまうだろうから、あとで起こしてやろう。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そんな風に殺気女の向こう側へ視線をやっていると、倒れた生徒の脇を別の女子生徒が一人、足早に通過しようとているのに気がつく。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">何時の間にこの階に現れたのか、殺気女と同じくらい綺麗な長髪をした彼女は、うつむきながら廊下をこちら側に向かって歩いている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">倒れた生徒にも、俺達の存在にも全く気づいていないようで、尚且つ存在感が希薄であるために、こちら側も一瞬前までは彼女を認識できないでいた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">お互いがお互いを認識できないなんて、彼女は俺達とは別の世界の存在なのかもしれない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">通常は隣を歩いていても位相が違うために感知できない何者かが、偶然の条件の一致でその姿を現してしまったかのような・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">・・・・・・・・・・シュールで、非常識な考えだとは思う。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">だが、暗く沈んだ雰囲気をまとう彼女には、此処に有るのかも怪しい、輪郭のあやふやな『影』を連想させるものが、確かにあった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">うつむいているせいで黒髪のすだれに隠れた顔が、こちらに見えないのも大きいのだろう。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">顔の見えない女、というのは、何時だって男の好奇心を誘う。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そんなわけで、俺は、なんとなく、彼女がどんな顔をしているのかが気になった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">とはいえ見ず知らずの相手の顔を下から覗き込むなんて、無作法を働くわけにも行かない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">何か上手い方法がないものかと考えあぐねていたが、偶然にも彼女の方から顔を上げてくれた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">願った瞬間に叶うとは、俺の運勢は上り調子のようだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「・・・・・・・ん？」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　どこかで見た顔である。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　思い出せん・・・いや、思い出した。今思い出した。忘れたと思ったが覚えていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　あのガラス玉みたいな瞳に、正確に機械で測って付けたかのような目鼻立ち。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　どこか人間らしさが希薄なその顔は、何時だったか、行きつけの古本屋で立ち読み中に来店してきた少女の物だ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　お客に絡むのが好きな店主に、お茶をご馳走になっていた姿が印象的だったからだろうか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　別に直接的な接触があった訳ではないので、忘れていてもおかしくはなかったのだが、意外なことに覚えていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　しかも少女の方も俺の顔を覚えてくれているみたいだった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　彼女は、少し意外そうな表情をして俺のほうを見ている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　忘れられているならば、こういう反応はありえないだろう。無反応で通り過ぎるはずだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　なんかこういうのって、素直に嬉しいな。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えう、その、あの」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　うん？あれ？なんだ？この状態？なんで止まる？ん？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　少女は先ほど顔を上げた場所から動かない。位置的には殺気女の半歩後ろ。正確を期すならば、半歩斜め後ろ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　殺気女は突然俺の視線が、あらぬ方向で固まるという変化に、戸惑ってるみたいだった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　当然、後ろに目があるわけではないので、背後の少女の存在には気づかず、ただただ殺気の中に所在無げなモノをにじませるのみである。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　少女はというと、再び俯き、その場に留まり続けて動かない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　殺気女は俺の視線の先に目を向ける、という考えが思い浮かばないほどに余裕を無くしているようだった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　『あうあう』とか『そ、そぬ・・・・じゃなくて、えと』と言ってオロオロするのみであり。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　少女は少女で先ほどから石になったように動かず。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　俺は俺で、殺気女が喋ってくれないと反応できない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　つまるところ、</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　この場は、</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　完全に、</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">静止していた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">――――――って待てオイ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　ああ、ああ、ああ、、、、、</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　畜生。なんだこれ？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　お前ら分かってんのか？俺は授業を控えてんだぜ？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　っていうかお前らも授業あんだろ？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　なんだよ？なに？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　なんか言いたい事があるんだろ？ん？殺気女もそうだし。譲ちゃん、あんただって意味もなく立ち止まった訳じゃねーだろ？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　なんか言えよ。もう一回言うけどそろそろ授業行かないと遅れるんだよ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　受験終わったからって授業をサボるとかいう非常識は、なんか俺のアレが許さないんだってば。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　聞いてる？っていうかあれか。口に出して言わないと分からんか。そうだよな</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　そうだな。口に出さないと分かんねーよな・・・・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">・・・・・・・・・だ　っ　た　ら　お　前　ら　が　言　え　。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　俺はお前らなんてどうでもいいんだよ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　殺気女が現れてからこっち、俺の中で募り続けていたイライラは、少女が立ち止まったあたりで爆発的に膨れ上がっていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　だいたい、この時期に廊下なんて言うクソ寒い場所で立ち続けるアホは居ないわけで。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　俺はそんなアホな事をやっている所為で、指先から回った寒気が全身に行き渡り、冷え切ってしまっている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　そこに加えて授業が迫るプレッシャーが追い討ちをかけているのだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　その不快感たるやお前らに想像できるか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　いや、むしろ想像っていうかお前らが創造してんだよ。ここに俺をつなぎとめてるお前らが。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">――――少女は、俺の憤りなんてまるで意に介せず、俯いたまま再び動き始めた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　　　　こっちに来たと思ったら立ち止まり、立ち止まったと思ったら動き始める。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　　　　そんなキマグレで自分勝手な彼女の動きは、俺のイライラの針をちょいとばかし危険な水域に押し上げてしまったようだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（ったく、なんだこら？言いたい事があったから立ち止まったんじゃねえのか？何勝手に通り過ぎようとしてんだ？）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　少女は、殺気女の脇を音もなく通り過ぎる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　そこで初めて少女の存在に気ついたのか、殺気女が『――あ、通訳さん・・・』と短く声を上げる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　どうやら二人は顔見知りのようだった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　だが、声をかけられた少女は、立ち止まって振り返るどころか、逃げるようにして歩調を速める。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　俺はというと、こちらに迫り来る少女に対して、目の前がチカチカするほどの憤りが腹の底で入道雲みたいに発生するのを、抑制するのに必死だった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　知り合いを無視するという終局的な行動に、殺気女から感じたイライラまでが合流して集約している最中なのだ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　勿論、男として女に手を出すなんてマネはしない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　けれど、何か言ってやって多少なりとも発散させないと、もう、どうにも成らないのも事実であった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　少女は俺の右側、青空と中庭に生える枯れ木の先を映す窓を背景にして、今まさにこの場から去っていこうとしていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　だが、そんな事は、させ、無い。――――――――させてたまるか。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「おい、あんた。」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「―――っ！」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　少女は、ビクリと身を震わせる。唐突に声をかけられるなんて、予想だにしていなかったみたいだな。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　俺は獲物を捉えた獣にみたいに、一切の躊躇無く言葉を続ける。否。『畳み掛けるようにして』続ける。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「言わなきゃわかんねーんだよ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　なあ。なんか言いたい事があるならよ。言わなきゃ伝わんないままなんだぜ？わかってんのか？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　それでいいのか？そのまま伝わらないままなんだぜ？おい。良いのかよ？良いんだな？」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　少女は、数歩進んだところで、止まる。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">俺は体を微妙に捩りつつ目線をを背後に向ける。その過程で殺気女の姿が目に入った。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">所在無げだったのが、今はじっとこちらを見据えている。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">こう着していた状況が変化したことに期待を抱いているらしい。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">だがな、そこの殺気女。ここはまずお前が語るべきなんだぜ？勢いで少女の方に言っちまったが。さっきのはホントはお前に言いたい言葉だったんだヨ。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">そのまま時間がザワザワと過ぎていく。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">たった数秒で。しかし数秒もかかって、少女はこちらを振り向き口を開いた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ん？おい、ちょっと待て、何故涙声なんだ？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">うわっ、いや、そんな事よりお前、この『ジーーー』って音、、、あれじゃねえかよ、チャイムが鳴る直前に聞こえる、あの音じゃねえか。ざけんな畜生っファックガッデム！</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「あの・・・誤解殺気、、さんは・・・言っています。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　『さっちゃんの話を偶然聞いちゃって・・・話を聞いた人は三日以内にさっちゃんに殺されちゃうっていうから、怖くて怖くて・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　バナナの絵で避けられるって言っても、安心できなくて・・・・そ、それで男友に聞いたらあなたに相談すればって！！』」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　殺気女は誤解殺気というらしい。なんつー名前だ。名付け親の気が知れない・・・いや、あだ名か。あだ名だよな。あだ名に違いない。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">―――――――――っていうかチャイムなっちゃったしよお・・・・・・・・・・・・・</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　通称『都市伝説の男』こと、俺は、なんとも名状しがたい奇妙な虚脱感の中、通訳と呼ばれた少女の言葉を受け入れて、一言。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">「あー、、その、なんだ？授業終わったら話聞いてやっから、終わったらまた来な・・・・・・・」</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">―――――はあ・・・帰ったらアダルトサイトの二次絵オカズにしてストレス解消すっか。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:50pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">時代はＴＳだよな。ただし変身は邪道。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:50pt;" align="left"> <p><span style="font-size:10pt;">やっぱり入れ替わりだ。それも心身共に汚い親父が、</span></p> <p><span style="font-size:10pt;">生意気なジョシコーセーの体をあり得ない勢いで奪う話が好ましい。</span></p> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:50pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">最近のラノベのＴＳモノ乱発は嬉しくなくもないが、やっぱりどうもいかんな。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:50pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ＴＳＦはやっぱダークだろ。『ライト』なノベルには永遠に辿り着けん境地があるのだよ。諸君。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">　　　　　　</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ストレス解消後の賢者状態と酷似した感覚の中、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">殺気女がホッと胸をなでおろして、俺と少女にお礼を言っているのが見える。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">誤解殺気さん。言っとくけどお前さん、授業に遅れてるんだぜ？</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">少女の方はと言うと、落ち着いた様子で殺気女に受け答えをしていた。古本屋で初めて見た時から今の今まで変わらない、表情の乏しい貌をして。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ただ、一つだけ白状すると、その顔は。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">どことなく輝いているようにも感じられた。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">イライラが虚脱感にかき消されて心がまっさらになっていたからだろうか。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">俺にはそれが、とてもとても奇麗な物の様に感じられて、仕方がなかった。</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">（全く・・・人を待たせた挙句、授業に遅らせるＤＱＮどもにこんな感情を抱くとは・・・ね。）</span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;">ホントにそのとおりだ。・・・って俺は一人で何言ってんのかね？</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　◇</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい、何でしょう？」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">――――――――――ああ・・・やってしまった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">こちらを向いた通訳の心と表情に、読心クールは一瞬前の自らの行動を思いっきり後悔した。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">通訳、サトリ、読心クールは読心仲間である。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">三人は『人の心が読める』という共通点から交友関係が発展した仲で、ここに、心は読めないが気の合う友人数人を加えた一つの仲良しグループを形成していた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そんな仲良しグループで、中華街へ行こうか行くまいかといった話が、二日前、バレンタインのチョコ造り目的で集まった際に持ちあがった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">その時点ではまだ、『計画』というよりむしろ、行くならどうしたい？等といった『願望』に近い状態であった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">だが、話はこの二日間で急激に具体性を帯びていった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">読心クールも詳しい話はつい先ほど、サトリから告げられたばかりである。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">なんでも春休みに旅行を計画していた別のグループと合同で、中華街巡りを含む神奈川旅行を行おうという運びになったらしい。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">いつになく高い行動力を示す友人に内心舌を巻きながらも、その旨を通訳に伝える事を彼女は約束した。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">クラスが同じサトリの方が伝えるのには適任であったが、たまたま本人は席を外していたのと、計画の発案者としてこれから忙しくなる関係で読心クールが伝令役を買って出たのである。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そんなこんなでブラブラと散歩がてら――と洒落込むには、暖房の効いていない教室の外はいささか過酷な環境であった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">『まあ、散歩がてら探してくるよｗ』なんて安請け合いをした過去の自分に、若干苛立ちを覚えながらも通訳を探して校舎を歩きまわること数分。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">２階図書室のガラス張りの扉の向こう側。その内部にやっと見つけた友人の後ろ姿。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">自分と同じくらいの長髪に、実はかなりのプロポーションを、着やせする性質が隠蔽している友人の後ろ姿。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">思っていたよりも早めに発見できた喜びは、あまりの寒さ故に逆に高揚しはじめていた彼女の心を、さらにハジける方向へ持っていった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">読心クールは、友人に対するスキンシップを、『背後からいきなり首を（軽く）絞めてみる』という悪戯の形で敢行することにした。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">彼女達の教室があるのと同じＡ棟。その、正門側のはじ部屋に存在する図書室。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">元気な司書さんがいて、現代建築風の明るく垢ぬけたデザインのその部屋に、忍び込むようにして侵入する。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">入口近くの席に、こちらへ背を向ける形で座る友人へと忍び寄っていった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">『やあ、通訳ｗｗ』</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">笑いを堪えているため奇妙な抑揚となってしまった挨拶と同時に、両手で包むようにして通訳の首に触れる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">いかに心が読めるとはいえ、背後からゲリラ的にやられたのでは敵わない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">読心クールのもくろみ通り、通訳は目を白黒させていた。悪戯が成功しても表情には決して出さなかったが、欣喜雀躍とする読心クール。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">が、こちらを振り向いた通訳の精神状態は、浮ついた彼女の心を瞬時に萎ませてしまった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「あの・・・そんなに気に病まれなくても・・・・・・これはこれでしょうがないと私も思いますよ？」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「いや、、、その、出来ればそっとしておいてくれると嬉しい。今は何も言わないでくれると・・・なんだか自分が猛烈に恥ずかしくて、ね。」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">両手で顔を覆いながら、読心クールはそう答えた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">現在彼女は、曲線だけで構成された、滑らかな手触りの机に両肘をついて席についている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">その友人はというと、ひざの上に両手を乗せる形で行儀よく椅子につき、机の向かい側で友人が立ち直るのを律儀にも待ってくれている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">それから一分弱。読心クールは顔をあげた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「なにか・・・あったみたいだね・・・・・・」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「・・・・・・・・・・ええ。」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「そうか・・・・・あまり、知られたくない、か・・・今の君の心はあまり読めないな。」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「すみません。」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">これはちょっと面倒だな・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そんな言葉が脳裏をよぎる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">通訳は、何か人には言いたくない様な、それでいて暗く沈んだ感情を生み出すような事情を抱えている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">まさかいきなりそんな重い話に直面するなんて考えてもいなかったし、昼休みの開放感も相まって、ついさっきまではかなり軽やかな気分だった読心クールには、いささか難しい案件だった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">かといってこの状況をほっぽり出すのも友人としていかがなものか？薄情になるのではないか？と言った思考も存在する。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">まさに板挟みといった状態であった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">しかもそんな感情も、心の読める通訳には悟られてしまっている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">結局、読心クールは・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「ま、つまりはそういうことだ。私も薄情者になるのはごめんだからねｗ</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">話すだけ話したらどうだい？以外とすっきりする・・・かもよ？」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">『すっきりする』と言った後で慌てて『かもよ？』と続ける。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">断言しておいて、後で通訳の気がちっとも晴れなかったら問題だろうし、なにより彼女自身、話せばスッキリするかどうかなんて本当のところはわからなかった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ともかく何かを言わないといけない、という思考のどん詰まりが言葉になっただけだったのだから。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「・・・・・・・・・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">・・・・・・・・・・（私・・・もう・・・・・・通訳を出来ないかも知れません）」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">数秒の沈黙。その後、通訳は心の中で語り出した。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">とつとつとした心の声に、読心クールは耳を傾ける。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・・・・・さっき、素直クールさんと素直ヒートさんが話をしてる所に出くわしました・・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（ああ―――その、なんだ？彼女達の事だ。また水と油みたいになってたんだろうねｗｗｗ）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・・・・・・・・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・・・・・・・水と油と言うか、北風と太陽と言うか、、、、あ、いや、なんでもない・・・続けてくれ・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">読心クールは通訳に合わせて、自らも心の声に切り替える。図書室と言う場所の都合上、こちらの方が良かった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">場を和ませようと彼女は軽口を叩きながら受け答えをしようとしたが、その目論見はすぐに挫折してしまう。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">今の通訳は、それが逆効果になってしまう程に沈んでいたのだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（ヒートさん・・・気づいていたんです・・・・・男さんが傷ついてるのを・・・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（傷ついてる？）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・・はい・・・・その―――同僚君と・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（ああ、なるほど。十年来の友人と決別した。か。）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（はい。男さん、表面上は全然おかしくないんです。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　周りの皆も・・・誰も何かが起こったかなんて気付いてない・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（ふむふむ）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（でも、ヒートさんだけは直感的にですけれど、気づいていました。だから、どうにかして男さんを元気づけようとしていたんだと思います・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（それで普段は相談しない様なロリコンさんにまで相談して・・・それで、ロリコンさんは校長先生に元気づけてもらおうって提案したみたいです。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　ロリコンさん。男さんが元気になったら、校長先生と一緒にっていう考えもあったらしくて・・・それで・・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（ヒートさん・・・真剣でした・・・・いつもいつも男さんにアタックしてますけど、それじゃあ・・・そんないつもと同じやり方じゃ、男さんを直せないって理解してました・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　どうしたら良いか解らなくても、とにかく何かしなくちゃいけないと思っていて・・・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　必死になってロリコンさんの提案を実行しようと、素直クールさんに校長室までの手引をお願いしてました・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（私・・・こんなこと初めてでっ・・・自分が強い想いを抱いて初めてっ・・・・・・皆、必死なんだって・・・初めて知ったんです）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（？）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（今までは、なんとなく、皆さんの通訳をしてきました。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　いろいろな事情があって、伝えたくても伝えられない想いを心に感じる度に、通訳をしてきました。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　伝えたがってるんだから、伝えた方が良い。単純に、そう考えていたんです。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　けど、生まれて初めて私自身、強い想いを持って分かったんです・・・・・・さっき、ヒートさんの心を読んだときに気付いてしまったんです。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　皆、私が通訳してきた人たちは・・・・・・・・・・・・・・本当に必死だった・・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　今、私が抱えているような想いで、血が凍えそうな感覚にさらされながら、心を伝えようとしてきた・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　それを、横から勝手に通訳してきた私は、その人の想いを踏みにじっていたんじゃないかって・・・・・・そう・・・思うんです・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・・・その・・・いや・・・まあ、）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（もしもそうなら、もう、誰かの心なんて伝えない方が良いんじゃないのでしょうか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">その人の真摯さも真剣さも踏みにじるくらいなら・・・私がその想いを仲介するなんて事は、やめるべきなんでしょうか？）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（・・・・・・・・・・・・・・・・・）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（―――――――――）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">『通訳』をやめるなら、これから私達は君の事をなんて呼べばいいんだい？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">通訳が、語ると決めた部分を語り終えた後にやって来た沈黙の中で、そんな言葉が読心クールの頭に浮かぶ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ダメだった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">気持ちの在り方に、違いがありすぎた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">結局は、荷が勝ちすぎた、という話である。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">今の読心クールには、通訳の人生に関わるような深い懊悩を、受け止め、解釈し、相応しい答えでもって返す程のキャパシティが存在しなかった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">あまりに重すぎる話題を振られてしまい、途中から彼女は友人の独白についていけなくなってしまったのだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">その結果、沈黙の中で、冴えた返答が浮かばず、代わりにアメリカンジョークの出来そこないのような思考が顔を出したのである。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">さらに悪い事には、お互いに心を隠すことが難しい、という特性の存在。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">以上の思考は全て、通訳にも知る所となっていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「すみません・・・急にこんなこと言われても、困るだけですよね・・・・」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「ん、んぐ・・・」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そんな言葉とともに、通訳は席を立つ。読心クールは気の利いた言葉が言えず、喉が詰まったような声を出した。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「それでは、もう授業も始まるので・・・また後で・・・」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そう言って通訳は机から離れる。が、その、刹那。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「通訳」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「は、はいっ。」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「その・・・・・・なんだ？何か困った事があったら遠慮せずに相談してくれ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　私達は・・・ほら、あれだ。その、『友達』というやつ―――だからな。」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">席を立った通訳が、読心クールの脇を通り過ぎる中での会話だった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">読心クールは、友人の方を振り向かずに、ただそれだけを言う。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">彼女にしてみれば、きっとそれが、唯一出来る助言のような物だったのだろう。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">あまりに思いつめた様子の友人から、ほんの僅かでも重荷を取り払えたら、という趣旨の。微かな手助け。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">やたらと首を突っ込むよりは、今はすこし距離を置いて様子を見るべきだとクールに決めた中での。万一の場合に備えた予防線。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">彼女の背後から小さな『はい』という声が返り、そこにコフコフという図書室を歩く足音が続く。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">足音は途中にガラス戸を開閉する音を挟んだ後、リノリウムとゴム底がすれ合うギュッギュッと言った物に変わった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そんな音も、この図書室の洗練された感のある機能美を備えられた扉が閉じると同時に、聞こえなくなる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">読心クールは一人、椅子に座って伸びをした。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">席に着いてから大して時間は経っていない筈なのに、妙に体が凝り固まっている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">足をピンっと伸ばすと、ボク、という音が関節から聞こえた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">――――ああ、そう言えば・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">不意に、彼女は思い出す。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">―――――まだお昼を食べてなかったか・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">もうあまり昼休みの時間は残っていないが、その短い中で食べるのか？それとも別の時間まで待つのか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">お弁当は今日は作ってきたっけか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">彼女の思考は、そんな種種雑多なお昼の悩みに席捲されていった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　◇</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　【１２：４０】</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">恒例となった着信履歴の削除を行う。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">メリーの奴、この間までガン無視してたから涙目になってやがった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">一瞬胸が痛んだが関係ない。こっちは受験で忙しかったんだ。他人の都合に合わせて人生を捨てる程馬鹿じゃない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　【１２：５５】</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">トイレに行って小便をすませる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">帰りぎわ、手を洗おうとしたら洗面所の鏡に俺の顔が映らない。代わりに見たこともない古ぼけた部屋と扉が写ってやがった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そのまま見続けていると、鏡の中の扉を開いて和服におかっぱの幼児が現れる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">鏡越しに俺の手をつかもうとしてくるので、逆にこっち側に引っ張りこんでやった。腹も立ったのでゲンコを一発くれてやる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">子供をイジメるな、だって？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ざけんな。近頃のガキはしつけがなってないんだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">見ろ。見ず知らずの人間を鏡の中に引きずり込もうとするなんて。普通やるか？やらないだろ？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">だからこうやって幼い内にはっきりと解らせてやるべきなんだ。大人になってからじゃ手遅れだっつーの。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">は？モンペ（注・モンスターペアレンツ。空を飛ばないものだけを指す）？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">怖くねえから。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　【１３：００】</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">授業開始まであと五分。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">トイレを後にし教室へ戻ろうとすると、廊下の向こうから見知らぬ女子生徒がやってくる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">明らかにこちらを目指しているようなので、教室へ向かう足を止める。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">女子は、何故か知らん。物凄い形相でこちらを見据えていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">―――怖えな。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">柄にもなくそんな考えが頭に浮かぶ。まあ、それくらい女の目つきは鋭かったって話だ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">それにしても上履きの色を見るに、どうも３年ではないようだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">はて。他学年の女子に知り合いはいなかったはずだが？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　　 ・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　　　　・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　　　　・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:35pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:35pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">鴉の濡れ羽色をした美しい黒髪よりも。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">背の高さと言い全体のバランスと言い、俺がモデルか芸能事務所のスカウトマンなら絶対に放っておかないであろう抜群のプロポーションよりも。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">何より印象的なのは女の全身から放たれる異様なまでの、『殺気』。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">四方八方睨み猫、直死歪曲魔眼に邪眼、或いは仁王か明王か。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">鋭い視線もさることながら、真一文字に結んだ唇、キッと寄せるは柳眉。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">端麗な顔立ちも艶美な肢体も畢竟女のオーラ発生装置に他ならない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そこらを漂う浮遊霊が、女の体から立ち昇るオーラのようなモノに触れた次の瞬間、チリ一つ残さず滅却された。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">いや、気のせいだ。浮遊霊だと？バカバカしい。あれはプラズマだ。プラズマが女の体に触れた瞬間に消えたのだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">しかも気がつくとやけに静かだ。見ると廊下には俺と女を除いて人っ子一人いない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">まあ時間も時間だし皆自分のクラスに戻ったのだろう。殊勝なことだ。受験が終わってない奴もいるしな。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ただ、今さっき俺の背後で、ヘナヘナと崩れ落ちた強面の体育教師がどこへ行ったのかが疑問だ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">インフルエンザの時期だし気になっていたのだが・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">立ち去る元気があるのなら、一介の生徒が気にする程のことでも無かったのかもしれない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">俺と女を除いて誰もいなくなった廊下は、水を打ったように静かだった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ふと窓の外に目をやると、先程まで五月蝿くさえずっていたはずのハクセキレイが、いつの間にか消えていた。なるほど静かなわけだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そのせいか、もとから冷やりと冬らしく張りつめていた空気が、今は刺すような刺激を伴って感じられる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">あんまり他に感じる物もないんで寒暖の感覚だけが強調されちまったようだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">キリキリとした冷気は、顔や手の露出部はおろか服や髪さえも透過して、全身の地肌を冷却している。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">それは最早【寒さ】ではなく【痛さ】に近い。俺は、チリチリと全身が泡立つような感覚に覆われていた。　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">こんな体験はあれだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ガキの時分にスキー場で親とはぐれた時以来じゃなかろうか。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">あの時は見知らぬお姉さんについて行っのがまずかった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">自分で山を降りたから良い様なものの、顔半分がザクロのように割れたメイクをした上に、子供をスキー場の禁止区域に連れ込むとは尋常ではない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">これだからスキーなんていうバブルの権化みたいなスポーツは嫌いなんだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">別にスキーヤーを貶めるつもりはないが、スキー場のＤＱＮ率が高いのはそんな俺の実体験からも明らかだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">スキーというブランド目当てのファッション感覚でＤＱＮが集まり、競技としてスキーを汚してしまったのだろう。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">まともなスキーヤーの方々にはそれだけメジャーなスポーツになったのだ、とプラスに考えて諦めてもらうしかない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">まったく。バックパッカーの見つけた楽園と言いオタクが拓いた電気街と言い・・・・マスコミに目をつけられるとロクなことにならないな。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">おや？いつの間にかスキーの話になってしまった。いかんな。貴重な時間を無駄な思考に割いてしまった。やれやれ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">それというのも目の前も殺気女がぐだぐだとしてるからだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">何が目的だ？そんな目つきで見やがって。失礼だってわかんねーのか？女だからって図に乗ってんのか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">俺は何時までも要件を述べずにこちらを睨みつけるだけの女に、若干の苛立ちを覚え始める。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">しょうがないのでこちらから話を促してやろうかと考えていると、女が僅かに身をたじろがせた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">なんだ？何をする？やんのか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">――――ん？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ふと。ここで初めて気がつく。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">女は、バナナが描かれたスケッチブックを持っていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">陰影を強調した高いデッサン力に、黄系の色の見事な調和。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">この女が描いたのか、別の誰かが描いたのか知らんが、俺が美術部顧問なら絶対に放っておかないだろう出来だ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">どっかの画展に出したら、ひょっとするとひょっとするかも知れない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ともかく女は、バナナの絵を掲げてなにか云いたそうにしていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">上目づかいに殺気を帯びた視線を、チラチラとこちらに向けてくる。そのたびにチリチリとしたモノを肌に感じた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">時折口を開いて何か言おうとするのだが、すぐに口ごもってしまい、ゴニョゴニョという不明瞭な発音だけが俺の耳朶に届くばかりである。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">相手の行動の意図がはっきりしないこの状況に、心中で次第にイライラとしたものが募り始める。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">女は依然としてはっきりモノをいう気配を見せないが、こちらも寒い中で、いつまでも付き合える程暇ではない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そんな俺の心を知ってか知らずか、女は片手で神経質に、自身の髪をいじくりまわしている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ややあって見られている事に気が付いたのか、ハッとして長く艶やかな髪に絡ませていた指を離した。どうやら無意識のうちの行動だったようだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そう言えば・・・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　『髪の長い女は性欲を持て余している』という都市伝説が頭に浮かんだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ばかばかしい取るに足らない噂話だったが、『もじもじとする美少女』というファクター。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">さらには彼女が掲げるバナナの絵、というのは、なんとなく性的な印象を抱かせる。気もする。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">これはつまりその、あれ・・・なのだろうか？まさかとは思うが彼女は俺を逆ナンしているのだろうか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">それも、ＡとかＢとかすッ飛ばしちゃってベッドへ直行したいタイプなのか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そうは見えないが、とんでもない淫乱さんなのか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">見た感じどちらかと言うと、そっちとは正反対な気もするが、その正反対というのも実はメディアによって操作された俺のイドラが生み出した幻影に過ぎず本当はやっぱりああいうタイプがあれであれなあれなのか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">アホな妄想はやめよう。いい加減、エロ漫画の読みすぎかもしれん。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">エロ関係の創作物ってのはことごとく論理的展開を無視している。どうも知らないうちに思考を毒されていたようだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">いかんな。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">『早朝。さわやかな日差しの下、うら若い娘がパンをくわえて慌てて走る。曲がり角で少年とぶつかり、勢いあまって合体』</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">なんて話が平然と出てくるフィクションと現実をごっちゃにするとは。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">どう考えても正常ではない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">実際目の前の殺気女はそんな性に乱れたな人間には見えない・・・いや、だが待てっ。清純であるからこそエロ漫画的に言えばよりいっそう・・・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Σ（゜д゜　）ハッ</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">―――――――うおおおおっ、、、！畜生っ！！毒されているっっ！！！</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">良し。決めた。帰ったらＡＶ・エロ漫画・エロ小説は全て捨てよう。半端にストーリーがあるからいけないんだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">これからはグラビアを使用する事にする。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">殺気女が何時までも要件を話そうとしないので、俺の思考もあさっての方向へ飛んでしまいがちだった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">女からは依然として殺気が放たれている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">空気は今やビリビリと震え、遠くの教室の入り口付近には不用意にトイレに立ってしまった生徒が一人。殺気に当てられて倒れている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">このままでは風邪を引いてしまうだろうから、あとで起こしてやろう。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そんな風に殺気女の向こう側へ視線をやっていると、倒れた生徒の脇を別の女子生徒が一人、足早に通過しようとているのに気がつく。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">何時の間にこの階に現れたのか、殺気女と同じくらい綺麗な長髪をした彼女は、うつむきながら廊下をこちら側に向かって歩いている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">倒れた生徒にも、俺達の存在にも全く気づいていないようで、尚且つ存在感が希薄であるために、こちら側も一瞬前までは彼女を認識できないでいた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">お互いがお互いを認識できないなんて、彼女は俺達とは別の世界の存在なのかもしれない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">通常は隣を歩いていても位相が違うために感知できない何者かが、偶然の条件の一致でその姿を現してしまったかのような・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">・・・・・・・・・・シュールで、非常識な考えだとは思う。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">だが、暗く沈んだ雰囲気をまとう彼女には、此処に有るのかも怪しい、輪郭のあやふやな『影』を連想させるものが、確かにあった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">うつむいているせいで黒髪のすだれに隠れた顔が、こちらに見えないのも大きいのだろう。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">顔の見えない女、というのは、何時だって男の好奇心を誘う。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そんなわけで、俺は、なんとなく、彼女がどんな顔をしているのかが気になった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">とはいえ見ず知らずの相手の顔を下から覗き込むなんて、無作法を働くわけにも行かない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">何か上手い方法がないものかと考えあぐねていたが、偶然にも彼女の方から顔を上げてくれた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">願った瞬間に叶うとは、俺の運勢は上り調子のようだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「・・・・・・・ん？」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　どこかで見た顔である。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　思い出せん・・・いや、思い出した。今思い出した。忘れたと思ったが覚えていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　あのガラス玉みたいな瞳に、正確に機械で測って付けたかのような目鼻立ち。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　どこか人間らしさが希薄なその顔は、何時だったか、行きつけの古本屋で立ち読み中に来店してきた少女の物だ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　お客に絡むのが好きな店主に、お茶をご馳走になっていた姿が印象的だったからだろうか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　別に直接的な接触があった訳ではないので、忘れていてもおかしくはなかったのだが、意外なことに覚えていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　しかも少女の方も俺の顔を覚えてくれているみたいだった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　彼女は、少し意外そうな表情をして俺のほうを見ている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　忘れられているならば、こういう反応はありえないだろう。無反応で通り過ぎるはずだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　なんかこういうのって、素直に嬉しいな。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えう、その、あの」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　うん？あれ？なんだ？この状態？なんで止まる？ん？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　少女は先ほど顔を上げた場所から動かない。位置的には殺気女の半歩後ろ。正確を期すならば、半歩斜め後ろ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　殺気女は突然俺の視線が、あらぬ方向で固まるという変化に、戸惑ってるみたいだった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　当然、後ろに目があるわけではないので、背後の少女の存在には気づかず、ただただ殺気の中に所在無げなモノをにじませるのみである。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　少女はというと、再び俯き、その場に留まり続けて動かない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　殺気女は俺の視線の先に目を向ける、という考えが思い浮かばないほどに余裕を無くしているようだった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　『あうあう』とか『そ、そぬ・・・・じゃなくて、えと』と言ってオロオロするのみであり。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　少女は少女で先ほどから石になったように動かず。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　俺は俺で、殺気女が喋ってくれないと反応できない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　つまるところ、</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　この場は、</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　完全に、</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">静止していた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">――――――って待てオイ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　ああ、ああ、ああ、、、、、</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　畜生。なんだこれ？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　お前ら分かってんのか？俺は授業を控えてんだぜ？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　っていうかお前らも授業あんだろ？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　なんだよ？なに？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　なんか言いたい事があるんだろ？ん？殺気女もそうだし。譲ちゃん、あんただって意味もなく立ち止まった訳じゃねーだろ？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　なんか言えよ。もう一回言うけどそろそろ授業行かないと遅れるんだよ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　受験終わったからって授業をサボるとかいう非常識は、なんか俺のアレが許さないんだってば。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　聞いてる？っていうかあれか。口に出して言わないと分からんか。そうだよな</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　そうだな。口に出さないと分かんねーよな・・・・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">・・・・・・・・・だ　っ　た　ら　お　前　ら　が　言　え　。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　俺はお前らなんてどうでもいいんだよ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　殺気女が現れてからこっち、俺の中で募り続けていたイライラは、少女が立ち止まったあたりで爆発的に膨れ上がっていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　だいたい、この時期に廊下なんて言うクソ寒い場所で立ち続けるアホは居ないわけで。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　俺はそんなアホな事をやっている所為で、指先から回った寒気が全身に行き渡り、冷え切ってしまっている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　そこに加えて授業が迫るプレッシャーが追い討ちをかけているのだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　その不快感たるやお前らに想像できるか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　いや、むしろ想像っていうかお前らが創造してんだよ。ここに俺をつなぎとめてるお前らが。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">――――少女は、俺の憤りなんてまるで意に介せず、俯いたまま再び動き始めた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　　　　こっちに来たと思ったら立ち止まり、立ち止まったと思ったら動き始める。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　　　　そんなキマグレで自分勝手な彼女の動きは、俺のイライラの針をちょいとばかし危険な水域に押し上げてしまったようだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（ったく、なんだこら？言いたい事があったから立ち止まったんじゃねえのか？何勝手に通り過ぎようとしてんだ？）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　少女は、殺気女の脇を音もなく通り過ぎる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　そこで初めて少女の存在に気ついたのか、殺気女が『――あ、通訳さん・・・』と短く声を上げる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　どうやら二人は顔見知りのようだった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　だが、声をかけられた少女は、立ち止まって振り返るどころか、逃げるようにして歩調を速める。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　俺はというと、こちらに迫り来る少女に対して、目の前がチカチカするほどの憤りが腹の底で入道雲みたいに発生するのを、抑制するのに必死だった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　知り合いを無視するという終局的な行動に、殺気女から感じたイライラまでが合流して集約している最中なのだ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　勿論、男として女に手を出すなんてマネはしない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　けれど、何か言ってやって多少なりとも発散させないと、もう、どうにも成らないのも事実であった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　少女は俺の右側、青空と中庭に生える枯れ木の先を映す窓を背景にして、今まさにこの場から去っていこうとしていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　だが、そんな事は、させ、無い。――――――――させてたまるか。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「おい、あんた。」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「―――っ！」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　少女は、ビクリと身を震わせる。唐突に声をかけられるなんて、予想だにしていなかったみたいだな。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　俺は獲物を捉えた獣にみたいに、一切の躊躇無く言葉を続ける。否。『畳み掛けるようにして』続ける。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「言わなきゃわかんねーんだよ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　なあ。なんか言いたい事があるならよ。言わなきゃ伝わんないままなんだぜ？わかってんのか？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　それでいいのか？そのまま伝わらないままなんだぜ？おい。良いのかよ？良いんだな？」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　少女は、数歩進んだところで、止まる。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">俺は体を微妙に捩りつつ目線をを背後に向ける。その過程で殺気女の姿が目に入った。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">所在無げだったのが、今はじっとこちらを見据えている。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">こう着していた状況が変化したことに期待を抱いているらしい。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">だがな、そこの殺気女。ここはまずお前が語るべきなんだぜ？勢いで少女の方に言っちまったが。さっきのはホントはお前に言いたい言葉だったんだヨ。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">そのまま時間がザワザワと過ぎていく。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">たった数秒で。しかし数秒もかかって、少女はこちらを振り向き口を開いた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ん？おい、ちょっと待て、何故涙声なんだ？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">うわっ、いや、そんな事よりお前、この『ジーーー』って音、、、あれじゃねえかよ、チャイムが鳴る直前に聞こえる、あの音じゃねえか。ざけんな畜生っファックガッデム！</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「あの・・・誤解殺気、、さんは・・・言っています。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　『さっちゃんの話を偶然聞いちゃって・・・話を聞いた人は三日以内にさっちゃんに殺されちゃうっていうから、怖くて怖くて・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　バナナの絵で避けられるって言っても、安心できなくて・・・・そ、それで男友に聞いたらあなたに相談すればって！！』」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　殺気女は誤解殺気というらしい。なんつー名前だ。名付け親の気が知れない・・・いや、あだ名か。あだ名だよな。あだ名に違いない。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">―――――――――っていうかチャイムなっちゃったしよお・・・・・・・・・・・・・</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　通称『都市伝説の男』こと、俺は、なんとも名状しがたい奇妙な虚脱感の中、通訳と呼ばれた少女の言葉を受け入れて、一言。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">「あー、、その、なんだ？授業終わったら話聞いてやっから、終わったらまた来な・・・・・・・」</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">―――――はあ・・・帰ったらアダルトサイトの二次絵オカズにしてストレス解消すっか。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:50pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">時代はＴＳだよな。ただし変身は邪道。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:50pt;" align="left"> <p><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">やっぱり入れ替わりだ。それも心身共に汚い親父が、</font></span></p> <p><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">生意気なジョシコーセーの体をあり得ない勢いで奪う話が好ましい。</font></span></p> </div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:50pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">最近のラノベのＴＳモノ乱発は嬉しくなくもないが、やっぱりどうもいかんな。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:50pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ＴＳＦはやっぱダークだろ。『ライト』なノベルには永遠に辿り着けん境地があるのだよ。諸君。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">　　　　　　</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ストレス解消後の賢者状態と酷似した感覚の中、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">殺気女がホッと胸をなでおろして、俺と少女にお礼を言っているのが見える。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">誤解殺気さん。言っとくけどお前さん、授業に遅れてるんだぜ？</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">少女の方はと言うと、落ち着いた様子で殺気女に受け答えをしていた。古本屋で初めて見た時から今の今まで変わらない、表情の乏しい貌をして。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ただ、一つだけ白状すると、その顔は。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">どことなく輝いているようにも感じられた。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">イライラが虚脱感にかき消されて心がまっさらになっていたからだろうか。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">俺にはそれが、とてもとても奇麗な物の様に感じられて、仕方がなかった。</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">（全く・・・人を待たせた挙句、授業に遅らせるＤＱＮどもにこんな感情を抱くとは・・・ね。）</font></span></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><font color="#000000"> </font></div> <div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;"><font color="#000000">ホントにそのとおりだ。・・・って俺は一人で何言ってんのかね？</font></span></div>

表示オプション

横に並べて表示：
変化行の前後のみ表示：
人気記事ランキング
  1. ツンバカ
  2. 「ランダエタ」編
  3. ベッキー
  4. 男が記憶喪失になったようです30（仮）
  5. 男が記憶喪失になったようです39（仮）
  6. 男と優の出会い01
  7. 16スレ目そのに
もっと見る
最近更新されたページ
もっと見る
目安箱バナー