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通訳残留 4


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 昼休み、教室
 購買で買ったバナナサンドでお昼にしようとしていると、サトリさんがやってきた。
「通訳さん、一緒に食べよ?」
 机の脇に立って彼女はそう申し出る。
 特に異存はないので二つ返事で応えると、嬉しそうにして彼女の席から椅子をとってきて、机を挟んだ向かい側に座った。
「通訳さん、それ好きだねー。いっつも食べてるよね?」
「はあ・・・まあ・・・」
 視線を私の手元に向けながら、持ち主に似つかわしい、こじんまりと可愛らしい弁当箱の包みを彼女はほどく。
 それに反応して私も、自身の昼食に改めて視線を向けみた。
バナナサンドは透明な包装紙に覆われていたが、包装の接着部分はすでに剥離されていている。あとはバナナの皮をむくように中身を取り出すだけだ。
「それじゃ、いただきまーす♪」
「いただきます。」
サトリさんはお弁当の包みを小学校時代給食の時にしていたみたいに、弁当箱の下に敷いている。
弁当箱の中には色とりどりの野菜や果物、一口サイズにカットされた肉類が、ご飯とスペースを分かち合い行儀よく並んでいた。その中から彼女は、初めにご飯に箸をつける。
その光景をぼんやりと見やりながら、私も昼食を口に運ぶ。
購買は、毎週2回くらいのペースで利用している。
料理の腕には――まあ同じ年頃の女の子より少し上、程度に過ぎないとは思うが――それなりに自身はあるので、毎日自分のお弁当を作れない事もない。
しかし、中学時代には無かった購買が学園にあると知った父が、『毎日作るのも大変だろう』とお金を渡してくれるようになったので、今現在は父の好意に甘えて週二回だけお弁当を作るのを休ませてもらっている。
因みに、購買では大抵このバナナサンドを買っていた。
生クリームに織り込まれたバナナの豊潤な香りとともに、ふわりとした感触のスポンジ生地を、サクリと思いきって噛み切る。
上下の歯がかみ合った瞬間に唾液の効果によって、バナナと生クリームの甘さがスポンジを土台に絶妙のバランスで渾然一体となる。
その感覚を病むほど愛するようになって、随分経ったような気もする。
今日もまた、微かにではあるが普段物を口にする時より大きめに口を開けて、バナナサンドを頬張ろうとした。
 
―――包装紙の冷やりとした固い感触が唇に走る
 
「―――つ、通訳さんっ?それっ、まだ開いてないよっ?」
サトリさんが素っ頓狂な声が聞こえる。
そう言えば、まだ包装紙を取り去っていなかった。
「だ、大丈夫?」
「はあ・・・まあ・・・」
心配そうに聞いてくるので、とりあえず返事をしておく。右手と左手には、包みを剥ぎ取る作業を任せながら。
   ・
   ・
   ・
「それでね、中華街の特集やっててね?」
サトリさんは、楽しそうに昨日見たらしいテレビの話をしている
「手造り肉まんのお店とか、中国風の初詣でとか――――あ、こっちはお正月っていったら一月だけど、中国では春節って言って今頃にやるんだって」
小柄な体の上に乗っかった人懐っこい彼女の顔は、中国四千年に今やすっかり心奪われていると言った感じだ。
「それで、私も中華街行きたいなーって」
たまにお弁当に箸を伸ばしながらも彼女は語る。
しかし、申し訳ないことに私は上の空だった。さらに言うと、朝、トラ吉の通訳をした瞬間から、ずっとそういう状態が続いていた。
「ね、今度皆で一緒に行こうよ?中華街」
「はあ・・・・・・・」
ぼんやりと相槌を打ちながらも、私の視線は知らず教室内を彷徨い、昼食をとっているであろう同僚くんの姿を探していた。
しかし、彼の姿は見つからない。どうやら、どこか別の場所で食事をとっているらしかった。
 
(私と同僚くんが似てるなんて・・・・・・訳が解らない・・・)
 
朝から何度も繰り返してきた疑問を、今また再び反芻する。
虎吉が何故あんなことを考えたのか。
朝からずっと考えていたけど、未だに答えが出てこなかった。
普通なら通訳した言葉の意味が解らないなんてことはないのに。
通訳した相手の心を読めば、なぜそう思ったのかについてもすぐに解るのに。
なのに今回は相手の心を読んでも、あくまで『なんとなく似ている』というトラ吉の実感しかわからない。
『似ている』という想いはわかっても、『じゃあ何故似ているのか?どこが似ているのか?』という疑問については、トラ吉自身が考えていない以上、いくら心を読んでも意味がないのだ。
事実あの後飼育小屋で虎吉の前に佇み、いろいろと探ってみたものの、ただただ『二人は似てる気がする』という想いが伝わるだけでそれ以上の事は何もわからなかった。
結局、一時間目が目の前という事もあり、数分できりあげて虎吉にしばしの別れを告げなければならなかった。
昼休みにも飼育委員の仕事があるので、サトリさんとのお昼を終えればトラ吉に会えるだろう。
けれど、この事に関してはもう虎吉に期待はできないと思う。今やっているように、私自身で答えを見つけるしかないのだ。
そんな訳で、今日は一日中それに関して考え続けてきた。
授業中もあれこれ考えていたせいで先生の話はほとんど聞いていなかった気もする。まあ、黒板の字は移してあるので、家に帰って読み返せば問題ないと思う。
それから休み時間には、普段と変わらずクラスの群れから離れて一人でいる同僚くんを観察したりもした。
ただ、彼はあまり教室にはいなかった。どうやら自由になる時間のほとんどは、クラスから離れどこか歩き回ってるらしかった。
一度、男さんに話しかけられていたけど、それもそっけなく返して、すぐまた一人に戻っていた。
結局今に至るまでにあまり芳しい結果は得られずじまいだった。
ただ、特定の誰かを観察するなんて普段やらないような事をやってみると、改めて同僚くんがクラスから浮いているな、と感じられた。
男子は女子と比べてあまり連れだって行動するイメージはないが、それでも他の男子が休み時間にふざけたり話しているなか、ふらりと教室から出ていく姿には、彼とこのクラスとの隔たりを感じずにはいられなかった。
 
そう言う風にして考えに没頭していたせいか、今日は誰から話しかけられても、おざなりな反応しかできなかったような気がする。
二時間目のあとに、わざわざ隣のクラスからやってきてくれた誤解殺気さんにそっけない反応をしてしまったりもした。
悪い事をしてしたと思う。けど、お気に入りらしいお笑いのネタをスルーされた彼女の落胆よりも、周囲の慄きのほうが強く心に伝わってきたのには苦笑してしまった。
いくら見かけが怖いとはいえ、そろそろ彼女の性格が見かけとは違うと、みんな気付いてもいいような気がする。
彼女は知り合いの中でも私が特によく通訳している人間の一人なのだから。
 
さっきもぼんやりとしすぎて、バナナサンドを包装紙のまま食べそうになってサトリさんを驚かせてしまった。
あまり考えすぎるのも良くないかもしれない。虎吉の実感が単なる思い過ごしという事もありうるのだ。
考えすぎで生活や人間関係に支障をきたすなら、いっそ忘れた方がいいと思う。思う・・・思うけど、やっぱり引っかかる。引っかかるからこそ考えすぎてしまうのだから、いくら諦めようと思っても、また気づくと考えてしまっている。
まるで、私自身がした通訳が消えずに残っているみたいに。
残留して、折りあるごとに私の心の中、耳の周りに蘇ってくるみたいだった。
 
「大丈夫?難しいかもしれないけど、あんまり考えすぎないほうが良いんじゃないかな?」
正面から呼びかける声にハッとする。どうやらまた考え込んでいたらしい。
机の向かい側ではサトリさんがこちらを覗きこむようにして見ている。
大きな瞳は、まるで私の心を見透かしているような感じだ。
「ような、っていうより読めるんだけどねw」
さもおかしそうにクスクスと彼女は笑う。
私はこの同じクラスの、私と同じく心の読める友人に聞いてみることにした。
「あのサトリさん・・・彼と私って似てますか?」
「え?あ、通訳さんと一緒に飼育委員やってる・・・・・・えー、、、うーん・・・う~~・・・うゆゆゆ~~」
「わかりませんか」
「うー・・・わかんないよぉ~。っていうか通訳さん、よく一緒に仕事できるね?あの人、心が読めないけど・・・怖くないの?」
「サトリさんと同じくらいには・・・(ただまあ、動物好きには悪い人はいないと云いますし・・・)」
「そういえば飼育委員って立候補が多くて男子も女子もジャンケンで決めたんだよねー・・・
あ~・・・私も飼育委員やりたかったよぅ・・・あのとき通訳さんが気まぐれでグーをパーに変えなかったらっっ」
「運が良かったんですw」
(あ、)
「はい?」
(もうすぐバレンタイン)
「はあ・・・バレンタイン・・・」
「通訳さん、誰かチョコ渡したい人とかいる?」
「一応・・・父と皆さんに・・・」
「そだね。それから・・・・(私もお父さんと、あ、お母さんにも・・・それと私も通訳さんみたいに読心クールとか誤解殺気ちゃん達に渡さないと・・・えーと、あと、、、あとは―――(/////)む、無理かな?で、でもでもっ―――
あ、そ、そうだ、男友くんには・・・あげない方がいいかな。勘違いされそう)」
私は、何か良くない予感めいたものを感じた。
頭の中で渡す相手を列挙するサトリさんから、このままいくと面倒なことになりそうな何かを感じたのだ。
・・・・・多分、同僚君がらみ。そうだ。きっとこのままいくとバレンタインから恋愛談議に発展してしまうのだろう。
彼女の性格からすると、『飼育小屋一緒に作業をしている男女』というフレーズは色恋沙汰に直結してしまうに違いない。
こちらとしてはそれらしい事は一切無いのだが、変に勘ぐられたり落胆されたりするのも煩わしい。
しかしお互いに心が読めるので、普通の人と同じタイミングで止めようとすると間に合わない。
なので、こういった予感を感じたら即座に話題を変えるのが定石なのだ。
今なら彼女もバレンタインのチョコについて考えるのに熱中しているので、心を読まれる心配もない。早いうちに止めた方がいいだろう。急がないといけない・・・
「あ、あにょろ………っ!(///)」
「?」
 舌を噛んでしまう。急ぎすぎたらしい。顔が熱くなってきた。
「あ、あのっ、この前お互いにお気に入りの本を交換しましたよね?
いかがした?私の本」
少し前にサトリさんの提案でお互いにお気に入りの本を交換しようという話になったのを思い出して、そちらの方に話を持っていく。
因みに私の貸した「空の境界」は分厚いうえに上下巻にわかれているので、まだ全部読みきれてはいないだろう。
けど、私が好きな三章くらいなら話題にできるかも知れない。
「あーっ、ごめんねっ!通訳さん。その事なんだけど・・・・・・実はまだあんまり読めてなくて・・・まだ・・・一章の途中らへん・・・ごめんねっ」
「え・・・」
サトリさんから返ってきた予想外の返答に、声が漏れる。
すまなそうな顔で謝る彼女はさらに続ける。
「その・・・ちょっと私には合わなかったかも。なんか・・・その――――――中二病」
空のペットボトルで頭を思い切り殴られたような、妙なショックが走る。
なにか胸の奥が落ち込むような、それでいてそこから何かが湧きあがるような理不尽で奇妙な感覚を感じた。
二人ともしばし無言だった。その静寂の隙間に、昼間の教室のざわめきが割って入る。人いきれで十分に暖まったトロリとした空気が私達を覆ってきて、奇妙なショックから生じた奇妙な感覚に拍車をかける。
『中二病』という言葉が頭の中でゴンゴンと鐘のように鳴り響くなか、私は口を開いた。
「い、いえ。でも、ライトノベル的な見方をすればあれくらいの調子は普通―――むしろ大人しいくらい・・・」
「ホントごめん!でも・・・・ダメ、ダメ・・・なの・・・ああいうのダメ、生理的に受け付けないのっ」
 なんだろう。
 この上無く気まずい雰囲気が漂っている。
 確かに、あの本は少し気取っているような、斜に構えているようなところがある。
 けど、そういう雰囲気も耐えてくれる物だとばかり思っていた。そういう点を了解していれば、そこを耐えきりさえすれば、それなりに面白く読めると思っていたのに。
 なのにサトリさんは、それが耐えられないという。
 そこは見逃せばいいのに、見逃せないという。
 私は誰もがそういった所は割り切って読めると思っていたのに、そうでない人がいるとは思わなかった。
―――――――――ヤンデレになりそうだった。なんとなく。
 そう考えたところで、私はあることに気がついた。
「ご、ごめんっ!通訳さん!怒らないで!!」
 唐突に私が立ち上がると、彼女は懇願するような声を出して引きとめようとしてきた。
 その反応に、思ったより時間が早く過ぎていて驚いたからとは言え、話している最中に唐突に立ち上がるのは良くないと気がつく。
「いえ、違います。今日は飼育小屋の当番なので・・・時計を見たら思ったより時間が経っていて驚いてしまって・・・すみません。びっくりさせて」
「あ、そっか。お昼もトラ吉の面倒見ないといけないんだったね・・・わ、忘れてた(で、でもやっぱりちょっとびっくりしたよぉ。『え!?なんで?そんなに怒ること!?』って)」 
「すみません」
 理由を説明すると、彼女もホッと胸をなでおろした。
 そのままお昼をお開きにして、私は教室の出口へ、サトリさんは自分の席へと足を進めていった。
 
歩きながら考える。
私とサトリさんは心が読める、という共通点がある。
けれど、彼女と私はあまり似ていないように思う。
ちょっと内気なところもあるけど、素直で根の明るいサトリさん。
友人達のなかでは割と率先して行事を提案してくれたりもする。
恐らく一人でいる時間が長い私よりも、友人関係は広く深いのではないのだろうか?それを羨むことはないけど、やはり性格が違いすぎるのを疑問に思ったりもする。
結局のところ、心が読めるからと言って必ずしも性格が似てくるわけではないのだ。
それはあくまで私達の共通点であるだけで、性格に決定的な影響を与える要因には成り得なかったという話だ。
特に今回、私が好んだ小説が彼女には受け入れられなかった、という事実を通して、それを強く実感した。
距離感、というほど厳しいものではなかったが、私と彼女は違う人間なのだという当たり前の現実を、情報としてではなく実感を伴ったものとして理解した。
心が読めるという事は必ずしも同じ常識を持った人間を生み出しはしない。
彼女は心を読めるけど、私と同じ常識を持っていない。
その事実をかみしめると、何故だか変な気分になってきた。
「私と同僚くんは似ている・・・」
また訳もなく、虎吉の通訳が蘇る。
私とサトリさんは似ていなくて、同僚くんと私は似ている。
一体、どういうことなのだろう。
朝からずっと繰り返す疑問に、しかし答えはない。
ただひとつ明らかなことと言えば。
 
残留した通訳は、しばらくは消えそうにない、という事だけだった。